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芸術家宣言

 

 

2015年10月23日、母(弓指美晴)が自殺した。

その日の17時、妹からの電話でそれを知った。電話が掛ってきた時すでに嫌な予感がしていた。

第一報を受け停止しそうになる脳ミソを保つため次にやることを繰り返し口に出し実行し、駅に向かった。

電車の中でぐえっおぐえっと嗚咽が止まらなくなってしまい気を紛らわせようと音楽を再生したが流れるメロディが凄まじく不快ですぐに切った。

地下鉄や新幹線の速度はひたすらに遅く、伊勢はとても遠かった。

早く帰りたいと思うと同時に早く帰ってどうするんだろうと考えていた。

伊勢市駅に着くと親戚のおばさんが迎えに来てくれていた。普段は母が来てくれるので違和感を感じた。

車の中でおばさんと僕は一言も会話を交わさなかった。

葬儀屋のゆかん室には妹と弟、じいさん、おじさんと数人がいてその奥の白い布団に顔を隠された母がいるようだった。

僕はそれを見たくなかった。

近寄って、座布団に座り、顔に掛っていた布をめくった。

 

 

ここに書いている文章は「不幸自慢話」や「俺って超可哀想だれか助けてかまって俺を見て」や

「それでも懸命に生きていく」といった類のものではない。自殺はタブーだ。

僕がここに書く一切のことは【芸術について】である。

 

葬式では故人が生前好きだったものや手紙などを棺桶に入れる。

僕はこの頃になると度重なるストレスからか複雑な事を処理出来なくなっていた。

それでも母には絵を描いてやろうと思った。文字通り頭が真っ白な状態で複数の鳥の絵が描けた。

このイメージなら母に届くかもしれないと感じた。

火葬場で母の遺体と共に僕の鳥の絵は燃えた。

 

今でも母が【どこにいるのかが分からない】。

それは僕だけではなく妹もおばさんも叔父さんも同じだと聞いた。

自殺は1人の人間がただ死んで終わりではない。

1件の自殺につき4人から5人の近親者がその後遺症に生涯悩み続けることになる。

なぜならその人達は自殺志願者から生前に「死にたい」と相談されていたからだ。1度や2度ではない。

それを聞いていながら止めることができなかったという想いは死ぬ前の様々な出来事に思考を飛び火させ

「あの時ああしていれば良かった」などと考えても仕方がないことを(そしてそれでさえ止めることが出来なかったかもしれないと頭でわかっていても)

延々とループし精神を蝕み続ける。

 

日本では年間3万件の自殺が報告されている。

遺書がない「変死」扱いを受けた人の数を含めると約15~18万人。(母は遺書などを残していない。実際には自殺者はもっと多いはずだ)

その5倍の75万人もの自殺遺族が今も苦しみ続けている。しかもこれは年間だ。

自殺はタブーだから多くの遺族は誰にも話さないし、周囲の人も気を使って聞けない。

 

だから「時間が解決してくれる」という誤った解釈にも苦しめられる。

僕の場合は母の自殺後、脳ミソの中にもう1つ脳ミソが出来た感覚でそこで母が死に続けている。

普段会話をしている時でも絵を描いている時もテレビを見て笑っている時も常にその脳ミソは回転を続け、僕はこの4カ月ただそれを押さえつけている。

ふとした拍子に制御不能になるとあの10月23日と全く同じ鮮度で苦しみが蘇る。

その感覚と共に母は今も苦しみ続けているんじゃないだろうかと考えてしまう。

僕はそれを何とかしたい。母を救ってあげたい。

自営業で子供を3人育て上げ、妹のうつ病を15年かけて回復まで付き合い、闘病生活を続けた祖母を25年間看病し続け、

ピアノ教室に来た子供に音楽の楽しさを教え(1人はうつ病からピアノを通して回復した)

老人ホームではじじばばに音楽と生きがいを与え、

暴力をまき散らし家を出て行った父親(葬式にさえ来なかった)の両親の為に貯金までしていた

その母がなぜ交通事故に遭わなければならないのか。

事故をきっかけに様々な不安に襲われ気が狂い、なぜ1人で首を吊って死ななければならないのか。

僕はどうしても納得できない。先端が赤黒く変色した両手(手を握った時ぽきっと折れてしまった)、見るに堪えないほど一部が細くなっていた首を思い出す。白い布をめくった時に見たあの表情を想う。

それがたとえ「業」「性」だとしても、そんなものは叩き潰してやる。必ず。

 

成果展「先制第一撃」に出展した絵画《挽歌》の舞台は伊勢の町、そこで生活する「普通の」人。

母はこの町で生まれ生活をし命を絶った。過疎化が著しい小さな町。

伊勢には宮川という一級河川がある。伊勢神宮と並んで地域の顔・水源でもある綺麗な川。

一方で流れが急で深いため遊泳禁止とされている。しかし毎年必ず死人が出る。

自殺という逃れられない「業」や「性(さが)」のモチーフとして

蠍の寓話(映画「ドライヴ」「クライング・ゲーム」などで度々使用されている)を引用し、蠍を超えていく存在として燃えた鳥たちを描いた。

 

僕が描く絵は母を救うためにある。全ての哀しい自殺者のためにある。

そして今も永遠の呪いに苦しむ人たちのためにある。

僕には残りの人生の全てを芸術家として活動し自殺の持つ本物の呪いの存在を多くの人に伝える義務がある。

だから僕には芸術が必要だ。

 

母が燃える時に現れたこの鳥のイメージを使えばそれが可能だと思っている。

 

2016年2月25日

弓指寛治